出典:大杉漣公式ブログ

みなさん、こんにちは。

2月21日突然の訃報がLINENEWSで飛び込んできて、何かと思って見たら「大杉漣さん66歳死去」という未だに信じられないものでした。

早すぎる死に、著名人や同じ業界の方、そして何より大杉漣さんのご家族はまだこの現実を受け止めきれてないと思います。

私も「夢だったらいいのに。」とこの現実が嘘ならどんなに嬉しいか、、。

でも、残念ながら現実は変わりません。

ここで私自身も大好きだった名脇役でありながら、名優と知れた大杉漣さんについて書いていきます。

拙い文ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

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大杉漣さんのプロフィール

出典:大杉漣公式ブログ

本名:大杉 孝

生年月日:1951年9月27日

出身地:徳島県小松島市

身長:178㎝

血液型:B型

職業:俳優

活動期間:1973年〜2018年

既婚しており、長男の大杉隼平が一人。

事務所:ザッコ

生い立ち

1951年9月27日、徳島県小松島にて、教育者の家庭で育つ。父は小松島市立小松島中学校校長を務めていた。その縁で小松島中学校が2016年に創立70周年を迎えた際には記念講演を行ったこともある。徳島県城北高等学校卒業。

1980年に新東宝映画のピンク映画『緊縛いけにえ』で映画俳優としてデビューし、日活ロマンポルノや新東宝映画などのピンク映画に積極的に出演することになって、その後も数々のピンク映画に出演され、演技力が高く評価されました。

周防正行監督の小津映画リスペクト作品『変態家族 兄貴の嫁さん』では、当時33歳の大杉が60歳超の老人役を演じ、静けさの中にも狂気をたたえた演技や風かおるとの独特の掛合いなどが評価された。

その後もピンク映画には出演されていたようですが、1988年の片岡修二監督の『地下鉄連続レイプ・愛人狩り』を最後にピンク映画への出演を控え、転形劇場における活動に専念した。

しかし、1988年に転形劇場は解散してしまい、37歳で活動の基盤を失ってしまったがなんとか活動を続け、俳優としての転機といっても過言ではない1989年以降に40代に入った大杉は北野武監督と出会い、「ソナチナ」の作品のオーディションを受け遅刻したにも関わらず合格。

この作品での演技が転機となり、その後の活躍の場を広げることになりました。

老若男女に好かれた理由

大杉漣さんは小さいお子様からそれこそご年配の方まで、幅広い層のファンがいたと思います。

若い役者さんから、同年代、もう少し上の役者さんまで。

それは、大杉さん自身がどんな方であろうと分け隔てなく接してきたからです。

名もない時代のピンク映画に出演された際に、お世話になってた監督達や北野武始め他の作品でお世話になってた監督を大事にされており、そして、驚くことに若い映画製作者への協力もしていた。当時は新潟の一高校生にすぎなかった田卷源太監督による企画提案を受け、アマチュア自主製作短編映画『黒いカナリア』の主役として少ない報酬で出演したり、早稲田大学と慶應義塾大学の学生が中心となった自主制作映画『Mogera Wogura』へも出演。

こういう、誰に対しても優しく、丁寧に平等に接していたからこそ、俳優大杉漣さんは沢山の方々に好かれていたのではないかと思います。

私自身も、現在29歳ですが物心ついた時くらいには、再放送含めドラマやバラエティーを親の影響で見てました。

そんな、私でも知っている、見た目は強面だけどギャップがあり本当にいろんな顔を持つ俳優さんだという印象は変わらず、この方がいないとなんだかしっくりこないというときもあります。

俳優だけでなくマルチに活動していた。

大杉漣さんは、驚く事に俳優業だけでなく音楽やサッカーなどマルチにやってました。

プロデューサーや映画監督・大物俳優等100名を越えるメンバーを擁するプライベートサッカーチーム「鰯クラブ」に発起人として参加し、キャプテンナンバー「10」の背番号を付けて月1-2回は必ず試合に出場するなど、注力していたそうです。

「蓮BAND」という名前で音楽活動もしており、大杉さんはギターやハーモニカを持って弾き語りや演奏を披露されてました。

これは、訃報が流れて様々な番組が大杉漣さんの死を悼んで、追悼番組等で流れていたので知りました。

本当に凄い人だなと思いましたね。

俳優業しか知らなかった私は、なんだか今まで損をしていた気持ちです。

もう、大杉漣さんが奏でる曲は生では聴けないですもんね。

著名人からの最後の言葉

ここからは、ほんのほんの一部だけ大杉漣さんへの思いを書いていた方々のメッセージを紹介いたします。

出典:渡辺直美公式インスタより

短く「大好きです。」の一言ですが、こちらはぐるナイでの写真ですね。この一言でもどれだけの想いが込められてるのか、計り知れません。

出典:ブルゾンちえみ公式インスタグラム

会ったり、お話ししたり、いつ、突然できなくなるかわからないんだな、と実感しました。

大杉さん、いつも、優しくしてくださって本当に、ありがとうございます。

出典:川栄李奈公式インスタグラム

大杉漣さん。

昨年、恋のしずくで初めて共演させていただきました

気さくで優しく温かい方でした

人への思いやりや作品に対する熱さ、考え方、たくさんのことを教わりました

また一緒にお仕事しましょうね!と言って頂き

いつご一緒できるかなと楽しみにしていました

まだ映画も完成前なのに、一緒に舞台挨拶立ちたかったです、映画を観てもらいたかったです。

今はとても悲しいですが

どうかゆっくり休んでください

本当にありがとうございました。

心よりご冥福お祈りいたします

 

出典:新木優子公式インスタグラム

 

私の初主演映画で共演させていただいて、太陽のように温かくて、お芝居には厳しく丁寧で、、本当に素敵な方でした。今思うと改めてなんて贅沢な時間だったんだろうと、、、漣さんにかけて頂いた言葉、眼差し、手の温もりは全て覚えています。「またいつか」の夢は叶いませんでしたが、漣さんとご一緒させて頂いた経験を糧にしてこれからも一生懸命に頑張ろうと思います。漣さん大好きです。心からご冥福をお祈りいたします。

出典:石田ゆり子公式インスタグラム

心の整理がつきません。
大杉漣さん。
訃報を聞いた時は
何かの間違いに違いない、と
確信すらありました。
だけど漣さんはほんとうに
逝かれてしまった

漣さんが
トラちゃんを家族に迎え入れてすぐの頃
ドラマの撮影で
久々にご一緒し
子猫のトラちゃんの可愛さに
メロメロな溶けそうな笑顔を見せていた蓮さん。
優しくて楽しくて
チャーミングで
かっこよくてあたたかくて
本当に誰もが蓮さんのことを
大好きになってしまう
そんなかたでした。

心の整理がつきません。

出典:橋本環奈公式ツイッター

以上です。他にも沢山の方々がお悔やみメッセージを贈られてます。

本当に沢山の若い方からご年配の方々に愛されてたんだなと、つくづく感じました。

最後に。。

今回、あまりにも大杉漣さんの急死が信じられなくて、受け止められなくて、改めて大杉漣さんのことを調べてみると、たくさん知らなかったことが出てきて、大杉さんは充実した人生を送られてたんだなと感じました。

お父さん役から、ヤクザ役まで本当に幅広い役をこなしていた名優であり名脇役のカメレオン俳優。

これからも、大杉漣さんの作品を見るたびにきっと悲しく切なくなるでしょう。

もう、新しい大杉漣さんは見れないですから。

でも、今までの作品も特別なものです。上手くまとめられませんが、急死報道が流れてから、各テレビ局が追悼文を出す際に出演されてた映像を流される度に泣きそうになりますが、そろそろ前を向いて歩かなくてはならないのかなと思います。

まだ、ご家族の悲しみは大変深いものと思います。

なので、今は落ち着くまでそっとしておいてあげてほしい。

本当に大好きな俳優さんでした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

最後まで、拙い文をお読み頂きありがとうございました。